これ知ってる?現在の戦争は2004年からの因縁。アメリカが幾度もウクライナ大統領選に介入した結果、ロシアブチギレでクリミア併合したって話

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2014年にクリミア併合となった経緯はこちらから↓

2014年のウクライナにおける政変で親ロシアのヤヌコーヴィチ政権が崩壊し親欧米の暫定政権が発足したことにクリミア住民の一部が抗議し、親政権派と衝突。クリミア自治共和国最高会議英語版)(議会)をロシア兵が制圧し[4]、内部の様子が不明なまま、クリミア自治共和国は「クリミア共和国」に移行するとの宣言が採択されたとの発表がなされ、ウクライナ政権の支持を表明したアナトリー・モギリョフ英語版)閣僚会議議長(首相に相当)は解任され、クリミア自治共和国最高会議における小政党「ロシアの統一党英語版)」の党首であったセルゲイ・アクショーノフ英語版)が首相に指名され、ウクライナ法に反する形でアクショーノフ政権が発足したことが発表された[5]

https://ja.wikipedia.org/wiki/ロシアによるクリミアの併合

このウクライナの政変で起きたのがオデッサの虐殺

ソビエト連邦崩壊後のオデーサには一時的に経済的に困窮した時期が訪れる[28]。2000年3月にオデーサの商業活動を振興するため、約140年ぶりに自由貿易港に指定された[28]

2014年の親ロシア派騒乱では、オデッサでも暴力の伴う衝突が起こった。2014年5月2日の衝突事件では親ウクライナ派と親ロシア派との間で42人の死者が出た。抗議中に4人が殺害され、火炎瓶の投げ合いによって労働組合庁舎に火がついたことで少なくとも32人の労働組合員が死亡した[29][30]。2014年の9月から12月の間に行われた調査では、オデーサ市民にロシアへの編入を支持する者はいなかった[31]

https://ja.wikipedia.org/wiki/オデッサ

2004年ウクライナ大統領選アメリカがオレンジ革命を裏で操る

オレンジ革命(オレンジかくめい、ウクライナ語: Помаранчева революція、: Orange Revolution)は、2004年ウクライナ大統領選挙の結果に対しての抗議運動と、それに関する政治運動などの一連の事件である。

選挙結果に対して抗議運動を行った野党支持者がオレンジをシンボルカラーとして、リボン、「ユシチェンコにイエス!(Так! Ющенко!)」と書かれた旗、マフラーなどオレンジ色の物を使用したことからオレンジ革命と呼ばれる。

同時にこの事件はヨーロッパロシアに挟まれたウクライナが将来的な選択として、ヨーロッパ連合の枠組みの中に加わるのか、それともエネルギーで依存しているロシアとの関係を重要視するのかと言う二者択一を迫られた事件でもある。

https://ja.wikipedia.org/wiki/オレンジ革命

2004年の大統領選挙では、ロシアとの関係を重要視する与党代表で首相のヴィクトル・ヤヌコーヴィチと、ヨーロッパへの帰属を唱える野党代表で前首相(当時)のヴィクトル・ユシチェンコの激しい一騎討ちとなった。

2004年11月21日の開票の結果、大統領選挙におけるヤヌコーヴィチの当選が発表されると、その直後から野党ユシチェンコ大統領候補支持層の基盤であった西部勢力が、ヤヌコーヴィチ陣営において大統領選挙で不正があったと主張し始め、不正の解明と再選挙を求めて、首都キエフを中心に、ゼネラル・ストライキ、座り込み、デモンストレーション、大規模な政治集会を行い選挙結果に抗議した。(右上写真はユシチェンコ支持者がキエフで行った集会)。

この抗議運動はマスメディアを通じて世界各国に報道され、大きな関心を呼んだ。特にヨーロッパやアメリカでは野党ユシチェンコに対して、ロシアでは与党ヤヌコーヴィチに対して肩入れする報道がなされた。この報道合戦ではナショナリズム的な報道に終始したロシア側に対して、一連の大統領選挙が民主的ではないというスタンスを取った欧米側の報道に世界世論がなびいたため、徐々にロシア側の行動が規制される結果となった。このことは、後のキルギスでの政変時(チューリップ革命)にロシア側として積極的な動きができないなどの足かせともなった。

ロシアの支持を受けたヤヌコーヴィチを中心とする与党勢力は選挙結果を既成事実化しようと試みたが、野党勢力を支持するヨーロッパ連合及びアメリカ合衆国などの後押しもあり結局野党の提案を受け入れて再度投票が行われることとなった。再投票の結果、2004年12月28日ヴィクトル・ユシチェンコ大統領が誕生した。

この運動は同じく現職政権への抗議であるユーゴスラビアミロシェヴィッチ大統領に対する抗議運動、その後グルジアで起こったバラ革命(ローズ・レボリューション)に誘発された運動であるとされる。また、原因としては、ロシアが南東部よりの当時の政権側にあからさまに肩入れしたためである、との説明がなされることが多い。

だがその一方で、他国勢力の介入という点では、ユシチェンコ陣営に対する米国からの介入があったとする見方も存在しており、具体例としては、米国の投資家ジョージ・ソロスの名などが挙げられている[1]

また、この政変で成立したユシチェンコ政権であるが、成立直後から盟友であったはずのティモシェンコとの対立が報じられるなど政権内部の抗争が相次いだ。結果、革命を支持した民衆も離反し、最終的に支持率が一桁に落ち込む。その結果として、2010年のウクライナ大統領選挙では、一度は「革命」によって大統領になり損なったヤヌコーヴィチがウクライナ大統領に就任するという、皮肉な事態を招くこととなった。

2010年9月30日、ウクライナ憲法裁判所は2004年の政治改革法を違憲と判断し、同法によってもたらされた憲法改正を無効とする判決を下した[2]。これにより、オレンジ革命は大きく後退することとなった。

https://ja.wikipedia.org/wiki/オレンジ革命

2010年〜2014年までは平和でしたね。問題はこの後

選挙結果をアメリカ主導のクーデターでひっくり返す。つまりオレンジ革命の二番煎じをより過激な形でやったわけです。これに対して選挙結果を重視する側が反発。暫定政権下で鎮圧にあたるも

クリミア併合の原因である新米派によるクーデターはアメリカが主導

ソ連崩壊後、ウクライナは数年間は汚職や経営管理の誤り、経済成長の停滞、フリヴニャの平価切り下げや公的市場からの資金調達という様々な問題を抱えていた[42][43][44]

2000年代には欧州連合(EU)との良好関係を築こうと模索し[45][46]、実際にEUと連合協定を結ぶ協議を行なっていた[47]。当初、ヤヌコーヴィチ大統領はこの協定に署名する意思を示したが、最終的には署名を拒否した[48]。この背景には前述の経済難があり、EU統合はひとまず先送りして、目先の「冬を越す」ために、やむをえずロシアとの接近を図った格好だった。しかしこれがユーロマイダンに繋がる反政府デモを引き起こした[49](このデモの間、ヤヌコーヴィチ大統領はロシアと数十億ドルに及ぶ融資・協定について締結している(2013年12月17日のウクライナ–ロシア間協定英語版))[49])。

ウクライナの治安部隊はデモ活動の鎮圧に努めたが、デモ活動は高まるばかりでキエフの通りで激しい衝突が起こった[50]。2014年2月21日にヤヌコーヴィチ大統領と野党リーダーらが危機回避の文書に署名し、政権側は憲法改正、大統領選の早期実施などの譲歩を行った。しかし身の危険を感じたのか、ヤヌコーヴィチ大統領は首都キエフを離れて、東ウクライナに脱出、憲法改正法への署名を拒否した[51]

最高会議はこれを職務放棄と見なして大統領の失職を宣言した。代わりに議会議長のトゥルチノフ氏が、大統領代行を兼務することになった。大統領選は5月25日に投票が行われることが決まった[51]。新たに発足した暫定政権はEU協定の署名と国の司法制度・政治・財政・経済政策の改革に合意し、国際通貨基金は前述の改革の実行を条件に180億ドル以上の融資を約束した[52]

一方で暫定政権の発足に否定的であったロシアは、ヤヌコーヴィチ政権の崩壊をクーデターによるものと位置付け[53]ウクライナへの軍事介入を行なった[54][55]アメリカ合衆国連邦政府ヌーランド国務次官補とパイエト駐ウクライナ・アメリカ特命全権大使が、ヤヌコーヴィチ政権崩壊後の新政権人事の協議をしていたとする2014年1月28日の電話会談が暴露され、ウクライナの反政府デモを主導したのはアメリカ合衆国であったとの指摘もある[56]

https://ja.wikipedia.org/wiki/2014年ウクライナ騒乱

反政府デモではアメリカが裏で糸を引いていた

2013年12月、ジョン・マケイン共和党上院議員全ウクライナ連合「自由」総裁オレフ・チャフニーボク英語版)とヤツェニュクを訪ねた。同年12月15日のガーディアンが報じたところによると革命を支持した大衆に呼びかけたという。

いつ記録されたものかは不明だが、2月4日にリークされた電話の録音には、 ビクトリア・ヌーランドアメリカ国務次官補とジェフリー・ロース・パイアット英語版)在ウクライナアメリカ大使が、ウクライナの政変を望み、野党指導者に期待する役割について話し合っている様子が記録されていた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/2014年ウクライナ騒乱

ここまで見るとウクライナの民主主義を破壊し、ウクライナを強制的に親米化しようとするアメリカに対してロシア側が武力を持って介入したって感じですよね。

その認識、このオデッサの悲劇の動画を見ると認識変わるかもしれないです。

極め付けはこの動画、ややロシア寄りの作り方してるかもしれませんが….事実ですよ。そしてパヨクがどうやってできているのか理解できると思います。

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