韓国国会議長が徴用工問題でまた炎上…あきれるしかないその内容とは?

韓国国会議長の発言がまた炎上しています、日韓関係をさらに冷え込ませるその発言とは?

天皇への謝罪要求発言で炎上しまくった韓国国会議長

韓国議長「天皇謝罪発言」の狂った論理

韓国の文喜相(ムン・ヒサン)国会議長が慰安婦問題をめぐり、天皇陛下に謝罪を求めた発言に波紋が広がっている。日本側は反発するも、文議長は「平素からの持論」と開き直る始末。この方の狂った論理はまるで理解できませんが、どうやら当人も日本人の度し難い怒りが分かっていないようであります。
出典 韓国議長「天皇謝罪発言」の狂った論理

今度は徴用工問題に首を突っ込み大炎上!!

韓国国会議長「徴用」めぐる問題“基金つくり原告側に慰謝料” | NHKニュース

日本を訪れている韓国国会のムン・ヒサン(文喜相)議長が都内で講演し、太平洋戦争中の「徴用」をめぐる韓国の裁判について、原告側には韓国側で新たな基金を作り慰謝料を支払うとした法案を、国会に提出する考えを明らかにしました。基金の財源は、日韓両国の企業と個人から自主的な寄付を募るとしていて、日韓関係悪化のきっかけになったこの問題の解決策にしたいとしています。
出典 韓国国会議長「徴用」めぐる問題“基金つくり原告側に慰謝料” | NHKニュース

そもそも徴用工問題って?

徴用工訴訟問題 – Wikipedia

徴用工訴訟問題(ちょうようこうそしょうもんだい)とは、第二次世界大戦中日本の統治下にあった朝鮮および中国での日本企業の募集や徴用により労働した元労働者及びその遺族による訴訟問題。元労働者は奴隷のように扱われたとし、現地の複数の日本企業を相手に多くの人が訴訟を起こしている。韓国で同様の訴訟が進行中の日本の企業は、三菱重工業、不二越、IHIなど70社を超える[1]。2018年10月30日、韓国の最高裁にあたる大法院は新日本製鉄(現日本製鉄)に対し韓国人4人へ1人あたり1億ウォン(約1000万円)の損害賠償を命じた。
出典 徴用工訴訟問題 – Wikipedia

史実によると実際徴用されたのは500人らしい

朝鮮総督府鉱工局労務課事務官の田原実は『大陸東洋経済』1943年12月1日号での「座談会 朝鮮労務の決戦寄与力」において、 『従来の工場、鉱山の労務の充足状況を見ると、その九割までが自然流入で、あとの一割弱が斡旋だとか紹介所の紹介によっています。ところが今日では形勢一変して、募集は困難です。
出典 日本統治時代の朝鮮人徴用 – Wikipedia

そこで官の力-官斡旋で充足の部面が、非常に殖えています。ところでこの官斡旋の仕方ですが、朝鮮の職業紹介所は各道に一カ所ぐらいしかなく組織も陣容も極めて貧弱ですから、一般行政機関たる府、郡、島を第一線機関として労務者の取りまとめをやっていますが、この取りまとめがひじょうに窮屈なので仕方なく半強制的にやっています。そのため輸送途中に逃げたり、せっかく山に伴われていっても逃走したり、あるいは紛議を起こすなどと、いう例が非常に多くなって困ります。

1944年9月、日本政府は国民徴用令による戦時徴用を朝鮮半島でも開始し、1945年3月までの7か月間実施された。1944年9月から始まった朝鮮からの徴用による増加は第二次世界大戦の戦況の悪化もあってそれほど多くは無かったともいわれる[18]。『朝鮮人強制連行論文集成』に記録されている証言では、徴用令には召集令状と同じ重みがあったこと、北海道や樺太、九州の炭鉱に面(村)で500人徴用されたという[37]。
出典 日本統治時代の朝鮮人徴用 – Wikipedia

7か月間の徴用の背景には日本人男性を戦地に送るための労働力確保という目的があったためらしい

鄭大均も朝鮮人の労務動員を「強制連行」と呼ぶのは、「日本人の加害者性や朝鮮人の被害者性を誇張しすぎている」として、当時の朝鮮人は大日本帝国の国民であり、日本人男性が戦場に送られていたのを代替するものとして朝鮮人の労務動員があったとしている[10]。
出典 日本統治時代の朝鮮人徴用 – Wikipedia

これらのほか、山田昭次立教大学名誉教授は1980年代には「朝鮮人強制連行」と論文で記していたが[11]、2005年の共著『朝鮮人戦時労働動員』(岩波書店)で「朝鮮人戦時労働動員」と呼ぶこととした[12]。ただし、これは「強制連行」という言葉が攻撃されたからではなく、強制連行というと強制労働、民族差別の問題に目を向けなくなる恐れがあるためと述べている[13]。山田は「戦時動員」には労働動員と軍事動員の二つがあり、同書ではこのうち軍事動員を除外した労働動員、それも日本内地に限定しこれを「朝鮮人戦時労働動員」と呼び、「強制連行・強制労働・民族差別」の三つの問題点を含めるとした[12][13]。

なぜ強制連行という言葉が広まったのか?

従軍慰安婦問題を含む一連の“強制連行”という言葉が広く紹介されるようになったのは朴慶植の著作である『朝鮮人強制連行の記録』(未来社1965)によってである。

的場光昭は自著『反日石碑テロとの闘い』(展転社)で、朴の著書において南方へ強制連行されたという人物について、北海道新聞が記事で紹介した総督府に残る資料と照合した結果、当該人物は干ばつによる飢饉を逃れて妻子とともにパラオに移住したことが判明したとして、実態は朴の著書にあるような昼夜分かたず官憲が男たちを狩り集めて連れ去ったという内容とは異なると述べている。
出典 日本統治時代の朝鮮人徴用 – Wikipedia

問題の発端はこの人か?

朴慶植 – Wikipedia

親北朝鮮の立場から日韓基本条約に反対するために「募集」「官斡旋」「徴用」をすべて“強制連行”と主張したと述べている。産経新聞は左派日本人・在日本の民族主義者が飛びついて煽って韓国との外交問題化した原因となったと指摘している[3][4]。
出典 朴慶植 – Wikipedia

朴慶植は、小学館の「日本大百科全書」の中の「朝鮮人強制連行」という項目の執筆を担当している。その中で朴慶植は、「朝鮮総督府の官公吏・警察官および会社労務係らが一体となって暴力的に各事業所に強制連行した。それらは割当て動員数を満たすため昼夜を分かたず、畑仕事の最中や、勤務の帰りまでも待ち伏せしてむりやりに連行するなど「奴隷狩り」のような例が多かった。(中略)陸軍慰安婦として数万人の女性が女子挺身隊の名のもとに狩り立てられた。」などと主張している[5]。

1942年に日本の労働科学研究所が行った「半島労務者勤労状況に関する調査報告」から、北海道のある炭鉱の賃金分布で賃金が50円未満の日本人は17.6%で朝鮮人は75.0%であることで、朴はこのデータを根拠に「民族差別」だと主張していた。
出典 朴慶植 – Wikipedia

しかし、1939年以降の「募集」、1942年2月以降の「官斡旋」、1944年9月以降の「徴用」という動員の形態の違いに関係なく、日本人と朝鮮人には同じ賃金体系が適用されていた。
出典 朴慶植 – Wikipedia

その賃金体系は、熟練度によって給与が増減する仕組みであり、勤続年数と熟練度で多くの鉱物や石炭を採取できる事から給与も上がる。そのため、日本からだけでなく、韓国の落星台経済研究所からも反日民族主義という自分のイデオロギーで意図的に朝鮮人のほとんどは非熟練労働者だった炭鉱の賃金から抽出して反日感情を扇動したと批判されている。

FNNも朝鮮人のほとんどが日本人と比較すると薄給だった理由は、民族差別ではなく、熟練度の差だった事が分かる。実際に、日本人と朝鮮人で熟練度の分布がそれほど変わらない別の炭坑では給与の分布でも日本人と朝鮮人に大きな差は無かったことも判明して朴の主張は朝鮮人労働者に対するイメージ操作だったと批判されている[1]。
出典 朴慶植 – Wikipedia

今でいうフェイクニュースが独り歩きした結果が現在国際問題になったわけですね


出典 www.aflo.com

因みに徴用工(自称)が韓国国会議長の話だと1500人はいるらしいw

徴用工277億円支給 韓国議長案|au Webポータル国際ニュース

因みに日韓請求権協定で徴用工問題も恒久的に解決済みです

財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定 – Wikipedia

第1条が日本から韓国に対して経済協力が行われるための手順規定、第2条が日韓両国間の請求権問題が「完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」規定、第3条が日韓両国間で「この協定の解釈及び実施に関する両締約国の紛争」を解決するための手順規定となっている[1]。

この協定に基づき、日本は、韓国との正式国交開始と同時に、韓国に対し、合計5億米ドル(無償3億米ドル、有償2億米ドル)及び民間融資3億米ドルの経済協力支援を行った。当時の韓国の国家予算は3.5億米ドル程度、日本の外貨準備額は18億米ドルであったことから、その額の膨大さが推し量れる。韓国は、この日本からの経済協力金を原資として、国内のダムや高速道路を整備し、「漢江の奇跡」を成し遂げた。
出典 財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定 – Wikipedia

韓国人は請求権問題で日本政府に補償と謝罪を求め続けてきたが、2009年8月14日、ソウル行政裁判所は、大韓民国外交通商部が裁判所に提出した1965年当時の書面に「日本に動員された被害者(未払い賃金)供託金は請求権協定を通じ、日本から無償で受け取った3億ドルに含まれているとみるべきで、日本政府に請求権を行使するのは難しい」と記述されていることを明らかにした[2][3]。韓国政府は、日韓基本条約締結時からこの付随協定の内容を韓国民に伏せており、韓国政府の公式見解が明らかにされたのはこの時が初めてである[2]。1965年当時の韓国政府は日韓請求権協定の中に朝鮮半島出身労働者の不払い賃金が対価も含まれると判断していたのである[2][3]。
出典 財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定 – Wikipedia

因みにTwitterでは..

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